2023年に100周年を迎える大阪の老舗企業タイガー魔法瓶。その新社屋を飾るアート作品をcurioswitchがプロデュースさせていただきました。今回は、5階役員フロアー受付に展示されている"虎に無患子図"を描いた画家・品川亮さんと、タイガー魔法瓶菊池社長、そして讃でコラボをしたcurioswitch近衞による作品を見ながらの鼎談をお届けします。
品川亮さんが自作を解説
近衞:それでは早速ですが、品川さんから作品を紹介していただきたいと思います。
品川さん:この作品は基本的にベーシックな日本絵画の技法と画材で制作しています。和紙に金箔を貼って、墨に金泥、岩絵具など。 あとは白い胡粉です。制作にあたっては、京都の南禅寺さんにて、狩野探幽の群虎図を間近で拝見させていただき、その筆遣いを研究しました。虎以外は探幽と同じベーシックな技法と画材で描いています。でも、探幽がこの虎を見たら度胆を抜かれると思っています。どうやって描いたんやろって(笑)。
菊池社長:どんな手法でしょうか。
品川さん:虎の黒いところとアウトラインは、シルクスクリーンを使っています。シルクスリーンは、アンディ・ウォーホルで知られていますが、彼は、虎を含む絶滅危惧種をモチーフにしたシリーズを発表しています。今でも虎は絶滅危惧種ですが、探幽の群虎図もいわば絶滅危惧種なんです。というのも、探幽が描いた作品を制作当時と同じ場所で見られる場所はほとんどないんです。たいがい本物は美術館で管理されてます。今回僕は、ふたつの絶滅危惧種や、西洋と東洋の融和などのメッセージを込めて、シルクスクリーンを取り入れました。シルクスクリーンで描いた探幽の虎に、僕の筆跡が垣間見えるようにすることで、印象派以降のコンテンポラリーペインティングの要素も表現しています。
シルクスクリーンで描かれた虎
シルクスクリーンの技法(Image: Harry Wad)
(https://en.wikipedia.org/wiki/Screen_printingより)
品川さん:狩野探幽だと、ここは細い線で刷毛の跡が出るのですが、パソコンに取り込んで解像度を粗くしてデジタルチックにしました。解像度という概念を組み込むとまた現代的な要素に繋がると思って、あえて解像度を粗くして、シルクの版を作りました。
菊池社長:水の辺りは?
品川さん:ベーシックな、日本絵画で使われている岩絵具です。あと青をフラットにしたのは、コーポレートカラーということで。
菊池社長:ありがとうございます。いずれピンク色になったりしませんか…(笑)。
品川さん:大丈夫です、染料ではないので、青は青のままです(笑)。私の解説はこのくらいにして、讃のほうの解説もぜひ。近衞さん、これは万葉仮名ですか?
近衞が万葉仮名で書いた讃
近衞忠大が自作を解説
近衞:そうです。必ず最後は、漢字の当て字にしなくちゃいけない、という決まりがあって。
品川さん:奈良の「な」ですね。文字がところどころ太くなっていますが、わざとですか?
近衞:そうですね、大体9、10、10で普通は書くのですが、バランス的にどうしても最後は少しダイナミックに表現しました。貼り方に関してはあざとくやりたくなかったので、ベタって貼った感じより馴染ませたかった。
品川さん:そうすることで絵に奥行きも出ると思います。実際に近衞さんがアトリエにいらして貼る作業を一緒にしたのですが、ここ置いたら、一番しっくりきました。
貼り位置を模索する近衞
近衞:前後関係つけず、構図の中に入っちゃうと立体感出て面白いんじゃないかと。
菊池社長:順番はどうなっているのですか?
品川さん:最後、ほぼ出来上がった時に貼って、もう一回上から絵の具を重ねました。
菊池社長:どういう順番で貼ったのだろうとずっと思っていました。
近衞:思いますよね(笑)。どのくらい削って、どのくらい虎に被せるか、話し合っていました。
品川さん:やりすぎると、いやらしい。名前は一番最後に書いたのですよね?
近衞:そう、最後に仕上げとして。いつもは何度も清書するのですが、今回は紙が少なかったので失敗できませんでした(笑)。落款は、ナスカの地上絵みたいになっちゃいましたが、手彫りの新作です。石が柔らかいので、思った以上にグイって行っちゃう。
近衞の落款制作風景
品川さん:僕の落款は苗字の品川で、口三つの品に右下の抜けているところが川です。僕も自分で掘っています。これは余談ですが、普段描いている「丸い花」は真似されやすいと思っていて。実は僕が作品作るとき、×××にハンコを押して×××して、×××しているのです。誰かが絵を真似しても、本物か贋作かすぐにわかります。
菊池社長:×××はここだけの話に溜めておきましょう。マル秘ですね(笑)。
近衞:私の話はこれくらいにして、品川さんの解説をもっと聞きたいです。この葉っぱの技法は「たらしこみ」ですか?
「たらしこみ」の技法で描かれた葉の部分
「たらしこみ」の技法
品川さん:はい。本当にオーソドックスなたらしこみです。墨を乗せて、乾く前に緑の絵具を乗せる垂らし込みという、俵屋宗達や尾形光琳というような琳派の画家たちがよくやっていた技法です。一番有名なのは、今もやってるのかな、「改源」のCMで風神雷神が乗っている雲。あれもたらし込みです。
俵屋宗達「風神雷神図屏風」より風神の足元
たらし込み:先に塗った墨が乾く前に違う濃度の墨を加えて混じり合わせる描き方。
菊池社長:なんとも言えない技法ですね。
品川さん:そうですね、一体感も出るし深みも出るし。
近衞:私は長くヨーロッパに住んでいて、目にするものが西洋絵画でした。でも、子供の頃から一番好きなのは水彩画です。だから「たらしこみ」のようなにじみを見ると安心します。子どものときから水彩が好きで、だからこういう作品を見ると安心するのです。
品川さん:近衞さんがご覧になったのはスイスの絵画ですか?
スイスのデザインについて
近衞:はい。スイスは、カルヴァンやルターを輩出した、プロテスタント発祥の地です。なので、由緒正しい教会や美術館がたくさんあって、宗教画も多く目にしました。厳格な教会があって、スイスそのものが全体的に、恐らく昔の日本より厳しかったのではないでしょうか。
品川さん:絵画としての面白味は、少ないのですね。
近衞:そうです。アンディ・ウォーホルとか出てくる素養はゼロです。でもね、スイス人のデザイナーやアーティストは、さすがという造形美や色のバランスを用いて新しいことに挑戦するのです。すごく面白いアーティストにジャン・ティンゲリーというのがいます。あと、ル・コルビュジェとか、パウル・クレーとか。
品川さん:ジャコメッティもスイスですね!
近衞:そうそう、ヘルベチカ・フォントを作ったジャコメッティ。
品川さん:あのマックの標準のフォントですね。
近衞:ヘルベチカってそもそも、スイスの正式名称ヘルベチアから来ているのです。
ヘルベチカ・フォントの例
(https://www.newlyswissed.com/helvetica-worlds-most-popular-font/より)
品川さん:それがスタンダードになって、iPhoneも多分それですよ、すごいですね!
まだまだ秘密があるのではないか?
近衞:話をもとに戻すと、そういう意味で日本画というのは厳格な、一定のルールというか、縛りがある中でどこまで自由な表現するか、というところが議論になるのですね。
菊池社長:面白いですね。ほかに、隠れアイテムありませんか? ここはちょっと特別なテクニックを使っているとか(笑)。
絵の隅々まで興味津々な菊池社長
品川さん:基本的に僕は素材を重視していて、ベーシックな素材を使うところから入ります。やはり和紙は越前で、箔は金沢です。ずっと京都で勉強していたからなるべく京都のものを、と思うのですが、良いものが手に入らない。買うことはできても、京都産は難しい。筆も京都の職人さんから買っていたけど最近は東京で買います。墨は奈良。虎以外は、どの素材もすごく伝統的なものです。ただ、虎を描くときは風、竜を描くときは雨というような対の伝統様式があるので、今回は虎を描くから風を、と思いながら描きました。虎が来て風が吹いたイメージです。その風で揺れている無患子(ムクロジ)には、団欒のメッセージを込めています。ムクロジは漢字で欒とも書きますから。絵はこのサイズでよかったと思います。虎自体それなりに大きい動物なので、この半分サイズだと小さくて可愛い虎になっちゃいます。
菊池社長:そうですよね、猫サイズになっちゃいますよね。
品川さん:そうです。強そうな猫みたいに(笑)。
絵のサイズについて
菊池社長:最初、サイズのご相談があったときに、部屋の面積がそこそこあったので、もっと取れないことはなかったのですが、あんまり大きすぎるのもアレだし、かといって小さすぎるのもどうかと思いまして…。最終的に、ちょうどいい具合の大きさになりました。
絵のサイズに納得する菊池社長
近衞:これ以上だったら多分、品川さんがしばらくここに住み込みで制作ですね(笑)。
菊池社長:でも、象徴的に描いていただいて、ありがとうございます。
品川さん:こちらこそ、ありがとうございます。僕自身、大阪出身なので、大阪の会社に声をかけていただけるなんて、本当に嬉しいです。
菊池社長:最初に近衞さんには申し上げていたのですが、虎の絵というのは難しくて、個人的にはどの虎の絵が好きということもなく、はっきりとしたイメージもなかった。どうしても日本画、とくに虎を含んだ日本画って強面になるかもと思っていました。企業のイメージとしてどうかなと(笑)。それを含めてちょっと考えていただけませんかというところからスタートしました(笑)。
近衞:ほんとに虎は扱うのが難しいですよね(笑)。
菊池社長:そうですね。イメージがピンと来なかったので、全部お任せしちゃいました。
品川さん:虎は難しいですね。下手するとそういう方向に行ってしまうしまう恐れも。
菊池社長:あんまり怖すぎてもね。
近衞:きっちりと古典主義でいくと、お寺みたいになっちゃうし。
菊池社長:そういう意味で、単純化された構図の絵となって、これまでの虎の絵と違った雰囲気があって、非常に特徴的だと思います。