わかまつり2022「香道と和歌」で若者代表としてゲストを務めさせて頂いた山田 璃々子(りりこ)です。
大学から茶道を学びはじめ、お稽古で「香道」という文化の存在を初めて知りました。
とはいえその後もなかなか香道に触れられるチャンスはなく、今回、室町時代から途絶えることなく五百年継承されてきた志野流香道の二十一代目家元継承者・蜂谷宗苾(そうひつ)若宗匠から直々に教えていただける貴重な機会を、とても楽しみにしていました。
会場は隈研吾さん監修の船です
3月20日(日)は朝から日差しも強く、絶好の行楽日和。
天王洲の運河に浮かぶ会場周辺では、爽やかな潮の香りも感じられ、初めての香道体験に好奇心がそそられます。
「香道と和歌」午前の部は、まず、香道の歴史や和歌に因んだ組香の座学からスタート。
初耳でしたが、香道では香りを嗅ぐとは言わずに、「聞く」或いは「聞香(もんこう)」と表現するのだそうです。「香り」を「聞く」とは、一体どのような感覚なのだろう?素朴に感じたので、若宗匠に尋ねてみると「香りを通して地球の声を聞き、地球と会話すること」と教えてくださいました。ますます、謎が深まります。
初めての香道は座学から刺激がいっぱいでした
ところで、香道では、主に東南アジア原産の「香木」という木を使うことをご存知でしょうか?お線香や練り香は香木を他の素材と混ぜて使うのですが、香道では小さくした香木そのものを雲母(うんも)というガラス状の板に載せ、香炉にいけ込んだ炭団の熱で間接的に温めながら、香りの成分を気化させて鑑賞します。
一連のプロセスには、厳格なルール、いわゆる作法がありますが、その日の気温や湿度等を鑑みて、良い状態で香りが聞けるように、毎回雲母の高さを微調整しないといけないそうです。
雲母の板に香木が載せられた香炉
若宗匠は次世代に香道の文化を繋いでゆくため、植林活動にも積極的に取り組まれているとのこと。
香道の香木は、昔も今も、自然界の熱帯雨林でしか育まれず、1つの香木ができるまでに数十年から百年以上もの歳月が掛かるのだそうです。虫や動物などが原因でついた傷を、樹木が自分で治癒しようと樹脂などで覆った部分が「香木」になるため、香木ができる植物の苗を植えたとしても、最終的に香木ができるか否かは、誰にもわからないのだというお話が印象に残りました。
香道で使われている香木は、究極の地球からの贈り物なのかもしれません。
木が香ることに気づいた人、香木を聞き分けるという遊びを考えた人、香木ができるかもしれない樹木を大切に管理する人、未来の人々のために植林する人、国を越えて代々受け継いできた多くの人々の恩恵に預かっているのだと感じます。
地球と会話するということが、少しずつ分かってきたように思いました。
ちなみに、この「聞く力」は一朝一夕には身につかず、毎日欠かさず聞き続けることで、養われてくるそうです。
美しいお姿で聞香される若宗匠
続いて、いよいよ聞香体験。
志野流香道には、トランプのカードゲームの様に、300種類近くの「組香(くみこう)」と呼ばれる香木を鑑賞する遊びがあります。
午前の部では「雲井香(くもいこう)」という組香を体験しました。船の会場にぴったりな「舟」「波」「雲」という名前がついた香りを聞き分けるゲームです。
まず、「舟」の香りを試しに聞いて記憶します。その後、「舟」が1つ、「波」が5つ、「雲」が1つ、合計7つの香りがランダムに回ってくるので、1番から7番まで何番目に「舟」と「雲」が出たのかを当てます。
「雲井香」は、百人一首76番で有名な、平安時代末期の公家・藤原忠通が詠んだ和歌「和田原漕き出てみれは久かたの雲井にまかふ沖津しら波」にちなんで作られた組香です。わかまつりのクリエイティブ・ディレクター近衞忠大さんは、なんと、藤原忠通の息子、近衞基実さんから数えて32代目の子孫と伺いびっくり。その場の様々な要素をおもんぱかって、「雲井香」を選んだ若宗匠の演出に、思わず息を飲んでしまいます。
神妙な面持ちですが頭の中は大混乱
この和歌は「舟で大海原へ漕ぎ出してみると、沖の白波を白い雲に見間違えてしまいそうになる」という意味だそうです。青い空、青い海、白い雲、白い波という美しい風景がぱっと脳裏によぎりました。
一方で、優しい木の香りを瞬時に聞き分けるのは容易ではありません。
悪戦苦闘している私を見かねてか、若宗匠が「香木の香りを微かだと感じるならそれは香木が弱いのではなく日頃の香りが強すぎるのかもしれないね」と教えてくださいました。この言葉が特に印象に残っています。
組香初挑戦の結果はというと、聞き分けが難しく、残念ながら、私は沖で遭難してしまいました。思わず悔しがっていたら「当てることが大事なのではなく香木と会話することが大切なのだ」と若宗匠から励ましのお言葉を頂き、午後の部へ向けて気持ちを切り替えることができました。
午後の部では、座学のあとで、「三躰香(さんたいこう)」を体験しました。午前の部とは打って変わって、2つの香りの組み合わせが和歌の1フレーズになっています。2つの香りを聞いて、該当する和歌のフレーズを記紙へ書き連ねていくというものでした。
先ず、「春夏」「秋冬」の香りを試しに聞いて記憶します。その後、「春秋」が2つ、「秋冬」が2つ、試しの無い「恋旅」が2つ、合計6つの香りがランダムに出てくるので、2つの香りを聞いたら、記紙という解答用紙に、該当する和歌のフレーズを筆でしたためていきます。
片手で持った記紙に筆で答えを書きます
「三躰香」は、鎌倉時代初期の1202年、宮中和歌所において後鳥羽院が催した「三躰和歌の御会」を題材に作られた組香です。「三躰和歌」とは後鳥羽院が定めた和歌の代表的な三つの姿だそうですが、奥が深すぎて私の知識では全くたどり着けません。苦笑。
「わかまつり2022」では、「香道と和歌」の他に、宮中歌会始に和歌を応募する「和歌と詠進」というプログラムも開催されており、またNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で後鳥羽院もフィーチャーされていたので、若宗匠は「三躰香」をお選びになられたのだと推察できましたが、午前の部よりとても難しい組香でした。
墨の磨り方から思い出さねば...
記紙に、筆で答えを書くため、事前に墨をすります。お恥ずかしながらこれまで墨汁を使ってきた私は、うまく墨をすることができず、字が薄くなってしまいました。香道を通して「和歌」だけではなく「書道」などの日本文化を学ぶこともできると知りました。
人生2回目の組香の結果はというと、若宗匠に朝からご指導いただいたおかげで、僭越ながら初の高点者に。少しずつ香木と会話することができるようになった証なのかなと嬉しく思います。副賞に若宗匠が監修した組香シリーズのスティックタイプの「三種香」をプレゼントして頂きました。自宅でも和の香りを楽しめる品があると知り、これを機に、日本の伝統文化をもっと日常に取り入れてみようと思っています。
優勝賞品は若宗匠監修の組香シリーズ三種香
今回、わかまつり2022「香道と和歌」を終え、自宅に帰ったあともしばらく、香木の優しいかおりが身を包んでくれていました。香木の香りを聞くと段々と呼吸がゆっくりになっていて、普段は聴こえない音が聴こえてくるのがとても新鮮でした。この研ぎ澄ませた感覚は自分の外側の世界だけでなく内面とも向き合うことができてとても良いものです。
貴重な機会にお声がけ下さった「わかまつり」関係者の皆さま、そして、ご指導いただきました蜂谷宗苾若宗匠と志野流香道社中の皆さま、本当にありがとうございました。
「香道」は、応仁の乱で世の中が困難な状況にある最中に生まれたのだそうです。苦しい時代に生まれ、五百年以上継承されている日本文化に、現代を生きるヒントが見えてくるような気がします。
みなさんも、ぜひ次回の「わかまつり」で、和歌にまつわる様々な伝統文化に触れてみてはいかがでしょうか。
左:近衞忠大さん 中央:蜂谷宗苾若宗匠 右:私
photo:Daisuke Akita
文責:山田璃々子
わかまつり2022 香道と和歌ゲスト
山田 璃々子
慶應義塾大学環境情報学部3年。茶道裏千家上級取得。大学1年時にキャンパスでキッチンカーを用いたカフェを立ち上げ、運営。商品の1つとして扱っていたお茶に興味を持ち、茶畑を訪問。それ以来、お茶の個性をつくりだす風景や農家さんの思いに感動し、全国の茶畑を巡っている。並行して、お茶を次世代につなぐべく若者に向けてお茶の魅力も発信中。
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