1923年設立のタイガー魔法瓶は、世代を越えて愛される日本の老舗生活用品総合メーカーです。
「世界中へ幸せな団らんを広める」という目標へ向かい、60カ国に販売網を広げてきた同社は、2018年、ヨーロッパ進出の一番槍として、日本未発売の新製品「Maho Nabé」をローンチしました。
curioswitchは、開発段階からリテールにいたるまで、同製品のブランディング領域を担当。タイガー魔法瓶のヨーロッパ進出をサポートしています。今回は、2019年9月、2回目の出展となった仏最大のコンベンション「Maison & Objet」にて実施した、タイガー魔法瓶菊池社長のインタビューをお届けします。聞き手はTIGERブースのデザインも手がけたcurioswitch代表の近衞です。
老舗メーカーの欧州攻略プロジェクトとは?
近衞:2018年にヨーロッパ進出を果たされたわけですが、その背景からお聞かせ頂けますか?
菊池社長:タイガー魔法瓶は、日本製品へ対する信頼にも支えられて、アジアを中心に各国へ広がっていたのですが、ヨーロッパ進出は、実は、長年の課題でした。
近衞:これといった好機があったのですか?
菊池社長:アジアでのブランド力が高まって、ヨーロッパに目を向ける余裕が出てきました。そこでチャレンジしてみようか、と社内で考えたのが、2、3年前です。
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左 タイガー魔法瓶 菊池社長 右 curioswitch 近衞
近衞:私が、タイガー魔法瓶さんの社内で、デザインの講義をさせて頂くようになった頃ですね。
当初は、どのような商品で、ヨーロッパ進出しようと考えていましたか?
菊池社長:タイガー魔法瓶は、炊飯器や魔法瓶などを手がけていますが、既存商品をそのまま展開しようとは思いませんでした。ヨーロッパでは長い間受け入れてもらいにくかった歴史があるので、これまでとは違う取っ掛かりが必要でした。マーケット攻略のためにたどり着いたのが、「Maho Nabé」だったのです。
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「Maho Nabé」key Visual
近衞:「Maho Nabé」の源流は、タイガー魔法瓶の既存商品「まほうなべ」(加熱調理した小さい鍋を専用の保温容器の中に入れて蓋をし保温利用する製品)でしょうか?
菊池社長:はい。「まほうなべ」は日本で一時期ブームになり、アジアでも売れられていました。
これをフルチューニングし、ヨーロッパに受け入れられるようにしたいと考えたのです。
近衞:その結果、これまで無かった真空構造の鍋を、自社の技術で開発されたのですね。魔法瓶がそのまま鍋になったようなコンセプトですが、コロンブスの卵的アイデア・ジャンプが凄いと思いました。
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「Maho Nabé」の断面図とKey Visual
近衞:商品開発された後のマーケット戦略は、どのように考えられていましたか?
菊池社長:初めは、ヨーロッパ全土に向けて発信し、拡大していこうと考えていました。ただ、あまり力を分散させていくのも良くないので、まずは1つのエリアに絞ろう、ということで「食文化の国」であるフランスを選んだわけです。
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近衞:curioswitchは商品開発の段階からお手伝いさせて頂くことになったのですが、当時、私たちに期待されていたことを、改めて教えて頂けますか?
菊池社長:ブランドを知って頂くためには手順を間違えてはいけない、と考えていました。タイガー魔法瓶は約100年の歴史を持っていますが、ブランドが知られているのは日本を中心にしたアジア諸国、中東地域と、アメリカの一部です。ヨーロッパのブランディングをどう進めていくかは最大のテーマだったのです。売り上げも大事ですが、そろばんや算数の前に、まずは、国語や歴史が大事だと思っていました。curioswitchさんには、その点ご理解を頂いていたので、ご協力頂けるだろう、というのが弊社の見解でした。
近衞:有難うございます。実際に、1つのお鍋をテーブルに置いて皆で料理をシェアする食文化はヨーロッパにはほとんどありません。その上で、curioswitchとしてはフランス攻略をお勧めし、あえて「Maho Nabé」というフランス語表記のブランド名を提案させて頂いたのですが、タイガー魔法瓶さんとして、フランスからローンチすることに対して、どのようにお考えでしたでしょうか?
菊池社長:ブランドをゼロから作るのは、難しい仕事です。特にフランスは、私たちだけでは知識や経験が足りず、言葉の部分でも不安がありました。
近衞:確かに、フランスは難しい市場です。美や食についての意識が高く、流行りものにはあまり飛びつかない。そこで、ブランディングの目玉として、長年3つ星を維持しているカリスマシェフのアラン・パッサール氏を「Maho Nabé」のアンバサダーに迎えることをお勧めしたのです。彼は、パリの1店舗だけで厨房に立ち、美しい料理を提供し、テーブルトークで来客を笑顔にする姿勢が、フランス人からとても愛されています。「Maho Nabé」の試作品をパッサール氏に届けてしばらくしたら、「これはすごい、新しいラタトイユが作れるぞ!」と連絡をくれました。パッサール氏に「Maho Nabé」の機能を絶賛され、我々も手応えを感じました。
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パッサール氏とMaho Nabé(Arpègeにて)
菊池社長:パッサール氏は、著名なシェフとして存じ上げていましたが、非常に個性的な方で、思い出深い出会いとなりました。芸術家気質で、難しい一面もお持ちなので、タッグを組ませて頂けて、有難いという気持ちでいっぱいです。
近衞:確かに、パッサール氏は日本でも有名ですが、フランスにおけるシェフの社会的地位は、日本と比較できないほど高く、パッサール氏はその最高峰です。表現力がとても豊かで、それでいて、サービス精神旺盛。今回の「MAISON&OBJET」では2日にわたり料理実演して貰いましたが、参加したプレスや来場者の皆さんには心から楽しんで頂けたと感じています。
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パッサール氏の自宅に招かれたようなテーブルで「Maho Nabé」レシピを堪能するプレスの方々
菊池社長:ただ料理が上手というだけでなく、個性的で、華があって、多くの人々と接することができる。そんなシェフは、フランスでも、そうそう居ないのではないでしょうか?
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TIGER Boothに快くサインしてくれたパッサール氏
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パッサール氏はプロが集まるM&Oでも注目の的
「Maho Nabé」のデザートレシピも大好評でした
近衞:パッサール氏も今年のブースは、動き廻りやすいと気に入ってくれたようです。菊池社長は、
昨年との違い、もしくは課題など、何かお感じになったことはありますか?
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TIGER Boothは会場の中央、来場者通路の交差点という好立地に恵まれた
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今年のM&Oでは「Maho Nabé」の機能やTIGERの歴史を解説する3本の動画を制作し上映した
菊池社長:去年はまだ何もかも初めてで、様子見という感じでした。今年はフランスでの認知も少しは高まってきたのではないでしょうか。知って頂く、というのは時間がかかることです。もちろん手段は「Maison & Objet」だけではないので、今後もいろいろな媒体を使った、様々な広告宣伝方法を、試していきたいと考えています。また、フランスでブランド認知や商品機能に対する理解が深まったら、次に周辺のヨーロッパ諸国にも広げていきたいと思っています。
近衞:マーチャンダイザーのプロにヒアリングしていくのはいかがでしょうか?
菊池社長:そうですね。百貨店なども含めて、プロの意見を聞くのは大事です。「お客様とこういった関係ができている、今はトレンドはこうで、これが売れています」といった情報はとても貴重で、それがプロモーション全体の約半分の役割。後の半分はその情報をもとに、私たちがどういった戦略を作ってどう行動していくのか、だと考えます。
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未来予測のエキスパート François Delclaux監修の特選コーナーにも展示された「Maho Nabé」
近衞:ところで、「Maho Nabé」は2年目を迎えたわけですが、この先ブランドとしてどのような存在になりたい、どういう形で認知してもらいたい、とお考えですか?
菊池社長:ご存知のように、中国などの外国製品とはコストでは戦えません。戦う必要もありません。Made in Japanとしてどれだけ価値を高められるかが大事なのです。振り返ってみて、「Maho Nabé」については、手順は正しかったと思っています。2年目、3年目になってくると、実際に買って使って頂き、さらに口コミで広げていかなければなりません。
フランスのインスタグラマーにもピックアップされる
また、「Maho Nabé」のような世界初の製品を今後もヨーロッパで提供していければ、日本のタイガー魔法瓶として独自ブランドを構築できると考えています。他社と同じものを生産、販売していては「タイガー魔法瓶らしさ」が出てきません。
近衞:「タイガー魔法瓶らしい新商品」について、菊池社長がお持ちのイメージをお聞かせ頂けますか?差し障りない範囲で。
菊池社長:そうですね、電気を使わない商品、例えば今回の「Maho Nabé」のように、真空断熱の技術や保温保冷の技術、あるいはエコ提案ができる技術を持った製品のカテゴリから、ブランディングを進めていけたら良いなと考えています。
近衞:ぜひ実現させましょう!最後に、ヨーロッパ展開において、今後どのようなことを期待されていますか?
菊池社長:具体的にどう売っていくのか、即ち、そろばん勘定が必要な時期がやってきます。良い商品を開発するだけでなく、買って使って頂いて、商品の良さをご理解頂き、お知り合いに宣伝して頂けるようになったら嬉しいですね。タイガー魔法瓶としてもメンテナンスサービスを伴った事業を続けていこうと考えています。
近衞:curioswitchとしても、引き続き、ヨーロッパ展開におけるブランディングのお手伝いをさせて頂きたいと願っています。貴重なお時間を有難うございました。